陸に上がった船
海を目の前に暮らしている。
子どもの頃から変らない景色だ。
夏も冬も船に乗って海に出た。
網を手繰って漁をした。
ささくれた指で網から魚をはずしていた。
子どもの頃は海が近かった。
父に代わって櫓を漕いだ。
真夏の夜の海の上に寝て
空に蠍座を眺めるのが好きだった。
横たわる天の川を越えて
真冬の雪の合間に北極星を目指した。
都会で生きるには
異なる船に乗るしかなかったから
大人になって海は遠くなった。
不肖の息子は父の仕事を継がなかった。
主を失った船は陸(おか)に上がった。
陸(おか)に上がった船は
成す術も無く朽ち果てていく。
もう漁を得ることはできない。
ただできることは
その姿を描くことだけだった。
船を描くと海と父が居た。
35年前のことだった。